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よくわからない自分ー性格分析と新型ストレスで紐解く

皆さん、こんにちは。

今日も性格分析の勉強会を進めていきます。

今日は、壊された「自分を生きたい自分」の特徴について見ていきます。

性格分析を行ってもはっきりしない。新型ストレスとして見ても、はっきりしない。現在の若者には、このようなタイプが比較的多く見られます。

性格分析の読み方

まず、性格分析の基本的な読み方を確認します。

A「厳しい親」とB「優しい親」を比較します。

AがBより高いのか、それともAよりBの方が高いのか。これは対人関係を見る部分です。

次に、D「自由気ままな子ども」とE「人の評価を気にする子ども」を比較します。

DがEより高いのか、それともDよりEの方が高いのか。これは自分との関係を見る部分です。

そして、C「合理性」の高さを見ます。

高いのか、中くらいなのか、低いのか。ただし、Cの合理性は性格タイプの決定には直接関係しません。

さらに、自滅のシナリオになっているかどうか、客観面がどうなっているかについても見ていきます。

27歳女性の事例

それでは、今日の事例です。

27歳の女性です。

本人の願いは、

「やりたいこと、熱意を持って取り組めることを見つけたい」

というものです。

仕事に大きな不満があるわけではありませんが、新しい職場への転職を考えています。

人間関係を築きにくく、相手に合わせて仕事をするため疲れやすい。また、年齢の違う方と接するときに、文化の違いを感じるということです。

特にやりたいこともないため、

「十分な給料をもらっているのだから」

と割り切って仕事をしています。

しかし一方では、

「何かにエネルギーを持って取り組みたい」

という気持ちがあります。

ただ、再び転職するのも大変な気がしているという方です。

それでは、この内容を性格分析に当てはめていきます。

「仕事に大きな不満があるわけではない」

という部分だけでは、対人関係についてはよく分かりません。

「人間関係を築きにくい」

というところには、対人関係が表れています。

人間関係を築きにくいということから考えれば、A「厳しい親」の方がB「優しい親」よりも高いと考えられます。

一方、

「相手に合わせて仕事をするので疲れやすい」

という部分にも対人関係が表れています。

相手に合わせて仕事をしているということは、今度はA「厳しい親」よりもB「優しい親」の方が高いという要素が見えてきます。

さらに、

「年齢の違う方と接するときに文化の違いを感じる」

というところにも対人関係が表れています。

ここでは、A「厳しい親」の方がB「優しい親」よりも高いと考えられます。

ここまでは、ある程度分かります。

ところが、

「特にやりたいこともない」
「十分な給料をもらっていると割り切って仕事をしている」
「何かにエネルギーを持って取り組みたい」
「しかし、また転職するのも大変な気がする」

という部分になると、はっきりしません。

本来であれば、自分との関係、すなわちDとEから出発して分析したいのですが、この方の場合にはそこがはっきりしないため、まず分かるところから分析しています。

AとBの関係をグラフにすると、AがBより高いという要素と、一方ではBがAより高いという要素の両方があります。

したがって、AとBが比較的近い形のグラフになるのではないかと考えられます。

次に分かりやすいのは、

「特にやりたいこともないので、十分な給料をもらっていると割り切って仕事をしている」

という部分です。

「割り切っている」というところには合理性が表れています。

したがって、この方はC「合理性」がかなり高いことが分かります。

ここまでで、AとBの関係、そしてCが高いことは見えてきました。

本来はDとEから分析を始めたいのですが、この方の場合には、それがなかなか見えてきません。

DとEがはっきりしない

D「自由気ままな子ども」とE「人の評価を気にする子ども」の部分を見ていきます。

「仕事に大きな不満があるわけではない」

これだけでは、どちらなのか分かりません。

「特にやりたいこともない」

というのも、はっきりしません。

しかし一方では、

「エネルギーを持って何かに取り組みたい」

という気持ちがあります。

本人の願いも、

「やりたいこと、熱意を持って取り組めることを見つけたい」

となっています。

熱意を持って何かをしたいというのは、D「自由気ままな子ども」の部分と考えられます。

しかし、それなら実際にやればよいはずです。

ところが、

「大きな不満があるわけではない」
「特にやりたいこともない」

という表現になります。

そうすると、E「人の評価を気にする子ども」の力、すなわち自分を抑える力も高いため、このような表現になっているのではないかと考えられます。

しかし、とにかくここがはっきりしません。

したがってグラフにすると、DとEの部分は「?」になります。

これ以上、性格分析だけで進めることは難しくなり、行き詰まります。

本人が記入したグラフ

本人が記入したものを見ると、充実感テストは48、不快指数は18点でした。

充実感が48ありますので、少なくとも完全な自滅のシナリオになっているとは考えにくいのですが、全体としては元気がなく、無気力・無感動へ進んでいく可能性が考えられます。

本人が記入したグラフでは、Aの方が少し高いのですが、Bもかなりあります。

Cは5です。

そして、問診票からはよく分からなかったDとEについて、本人の記入ではDもあり、Eもあります。

本人自身が記入したグラフと、先ほど問診票から推定したグラフを比較すると、何となく似ています。

しかし、問診票からはDとEがよく分かりませんでした。

一方、本人から見ると、Dもかなりあり、Eもかなりある。

つまり、この部分で葛藤しているため、外から見るとはっきりしないのではないかと考えられます。

このままでは、性格分析だけではこの方のことが十分に分かりません。

何が起こっているのか。

何が問題なのか。

原因が分からなければ、どのように解決すればよいのかも分かりません。

そこで、少し行き詰まります。

ひょっとすると、この方は性格の問題というよりも、「新型ストレス」として見た方がよいのではないかと考えられます。

新型ストレスとは何か

ここで、新型ストレスについて復習します。

新型ストレスとは、現代人の正常心理を徐々に蝕んでいく新しいタイプのストレスです。

放置しておけば悪化していくため、非常に難しいストレスです。

その中身を、私は「三つの自分」に分けて考えています。

第一の自分は、

「自分を生きたい自分」

です。

分かりやすく言えば、「いい子」だけではいられない、本当の自分を生きたい部分です。

第二の自分は、

「社会適応をしようとする自分」

です。

第三の自分は、第一の自分と第二の自分が葛藤することによって、不安や不満を抱え、傷ついていく自分です。

そして最終的には、「諦めの自分」になっていきます。

新型ストレスでは、この葛藤が延々と持続します。

葛藤が続くため判断できなくなり、常に曖昧な生き方になります。

また、葛藤によって充実感が低下し、常に疲労感があります。

この疲労感は、新型ストレスの重要な特徴です。

そして、やがて無気力・無感動へ陥っていきます。

プレカウンセリング

そこで、この方には新型ストレスについてのプレカウンセリングを行ってもらいました。

その報告を見ていきます。

当初、この方から申し込みはありませんでした。

しかし巡回時に私から声をかけたところ、

「新型ストレスは気になっていたが、提出期限を過ぎていたので申し込めなかった」

ということでした。

そこで実施することになりました。

担当者には、

「何も期待せずにやってください」

と伝えていました。

問診票を読んでも、特に大きな問題はないように見えました。

「この方が新型ストレスを理解できるようにサポートするだけでよい」

とも伝えていました。

しかし担当者は、この方が無気力・無感動の状態になっているように見え、

「そもそも本人にニードがあるのだろうか」

と思ったということでした。

巡回時に、私はもう一度問診票を見せてもらいました。

その後、本人に次のように説明しました。

新型ストレスでは、第一の自分と第二の自分が葛藤します。

しかし、第一の自分が強く抑えられ、小さい頃から社会適応を優先して生きてきた人の場合には、典型的な「葛藤」として感じられないことがあります。

第一の自分が非常に抑えられている人では、

「葛藤している」

というよりも、

「何かよく分からない」

という感じになります。

したがって、

「葛藤型のストレスです」

と言われても、本人にはぴんと来ないことがあります。

その説明をすると、本人も、

「そうです」

というようにうなずいていました。

しかし、

「このままでは嫌だ」

と思っている自分がいます。

それが第一の自分なのです。

これは、とても大切な自分です。

その中にも、いろいろな自分があります。

この第一の自分を育てるためには、「育つことのできる環境」が必要です。

いきなり、

「あなたは何がしたいのですか」

と尋ねても、第一の自分は育ちません。

むしろ、まだ小さな第一の自分を潰してしまうことがあります。

今回はオリエンテーションですから、まずこの構造を知るところから始めることにしました。

「第二の自分しか分からない」

本人は、

「第二の自分は分かります。しかし、第一の自分が分かりません。抑えていると言われても、その意味自体が分かりません。第三の自分も分かりません。第二の自分だけで生きている感じです」

と話しました。

これは非常に重要です。

第一の自分そのものまでが社会適応しようとする状態があります。

私はこれを「乗っ取られたF」と呼んでいます。

Fとは、「自分を生きたい自分」です。

そのFまでが社会適応する方向へ乗っ取られてしまっているのです。

その説明をすると、本人は、

「ああ……」

というように、少しうなずきました。

ここは非常に難しいところです。

第一の自分までが社会適応しようとする。

それを「乗っ取られたF」と呼んでいます。

しかし、実はこれが現代自我に非常によく見られる姿です。

むしろ、こちらの方が普通であるとも言えます。

本人自身も知らないまま、その状態で生き続けてしまいます。

そこで、

「自我の叫びを少しずつ育ててあげることが必要です」

と伝えました。

第一回目の存在否定

少し難しいので、図式的に説明します。

人は生まれたとき、親から無条件の愛を受けることができれば理想的です。

しかし、現実には完全な無条件の愛だけで育て続けることはできません。

やがて条件付きの愛になります。

つまり、

「素直で良い子になりなさい。そうすれば愛されます。そうしなければ捨てられます」

というメッセージを、子どもは受け取ります。

人間の根底には死への恐怖があります。

したがって、このような条件付きの愛を受けると、第二の自分が非常に大きくなります。

不安だからです。

「社会に適応しよう」

という自分が非常に大きくなります。

この方も、第二の自分が非常に大きくなっています。

その過程で、第一の自分は否定されます。

主体性を否定され、自発性を壊され、

「何でも言うことをよく聞く子」

になります。

これが第一回目の存在否定によって起こることです。

第二回目の存在否定

しかし、それだけでは終わりません。

親から見ると、「何でも言うことを聞く良い子」になっただけでは不安です。

社会の中できちんと生きていける子どもに育てなければならないと考えます。

そこで、

「しっかりした子になりなさい」
「不安な子では駄目です」

という新しい要求が加わります。

子どもにとっては、親の言うことを聞かなければ自分の命が危ないと感じます。

根底には死の恐怖があります。

したがって、まず「何でも言うことをよく聞く子」にされたうえで、さらに親の指示を受け入れます。

その親の指示が、

「しっかり生きなさい」

というものです。

すると、

「何でも言うことを聞く良い子ではあるが、不安な子」

という自分まで、もう一度否定されます。

ここで二重の否定が起こります。

第一の自分は、何でも親の言うことを聞く不安な子になっています。

そこへ、

「しっかりしなさい」

と言われると、再び親のメッセージを受け入れ、

「しっかりした子」
「強い子」
「社会適応のできる子」

になろうとします。

これが「乗っ取られたF」です。

そして、しっかりした子は社会の中でも「しっかりした人」になろうとします。

その結果、競争が生まれ、

「自分の存在価値を人に認めさせたい」

という方向へ進みます。

これが一連の流れです。

ただし、すべての人が、この典型的なところまで進むわけではありません。

途中で止まっている人

今回の方の場合は、最後の「強い自分」「しっかりした自分」というところまで十分に進んでいません。

「何でも言うことをよく聞く子」
「親の指示を受け入れる子」

というところで止まっているのではないかと考えられます。

途中で止まっている状態です。

これは、比較的豊かで、比較的自由な社会の中で育ってきた人たちには多い姿ではないかと思います。

動画を見てもらう

そこで、プレカウンセリングを行う直前に、私から、

「こういう動画があります」

と伝えました。

内容は、

「自分を生きたい自分Fの運命」
「壊された自分と自我の叫び」
「Yuの子になるのは、どの自分なのか」

というものです。

「こういう考え方もありますので、見てもらっても構いません」

と伝えておきました。

新型ストレスについての動画を見た後、本人に感想を尋ねました。

本人は、

「葛藤とか違和感とかがある気がしません。自分がやっていることは、周囲から求められているからやってきただけです。周囲を見ても、特に反発したかったわけでもありません。ただ、すごく幸せなわけでもなく、『別にこれでいいか』という感じでした」

と話しました。

そして新型ストレスの動画を見ても、

「自分には第一の自分がいないのかもしれない」

と思ったということでした。

動画の事例に出てくるAさんの場合は、家族がいて、家族を養う責任があるために現在の仕事を続けています。

これは典型的に、社会適応へ強く向かっている状態です。

しかし本人の場合には、

「自分にはそれほど強い責任もない。しかし、だからといって仕事を投げ出す気もない。少し嫌だということは分かるけれど、『これができないから不満だ』というような明確なものでもない」

という状態でした。

「このままでは嫌だ」という自分

そこで、

「自分を生きたい自分Fの運命――壊された自分と自我の叫び、Yuの子になるのはどの自分か」

という動画を見てもらいました。

その中で、「乗っ取られたF」という考え方を説明しました。

第一の自分と第二の自分の両方が社会適応へ向かってしまえば、両者を区別することが非常に難しくなります。

朝の巡回でも、

「第一の自分も第二の自分も社会適応へ向かっているため、分かりにくいのかもしれません」

と説明しました。

しかし問診票には、

「特にやりたいこともないので、十分な給料をもらっていると割り切って仕事をしている。しかし、エネルギーを持って何かに取り組みたい」

と書かれています。

充実感も低くなっています。

そうであれば、

「このままでは嫌だ」

と思っている自分が、どこかに存在しているのではないでしょうか。

それが第一の自分なのかもしれません。

動画に出てくるAさんの問題は、自分にはぴんと来ないかもしれません。

しかし、

「自分の中にも第一の自分があるのかもしれない」

と考えて、もう一度動画を見てもらうことにしました。

動画を見た後の感想

動画を見て、一緒に勉強した後の本人の感想は、

「やはり第一の自分はぴんと来ません。しかし、無気力・無感動の部分が第三の自分なのかもしれないと思います」

というものでした。

そして、

「自分の場合、第一の自分は『?』で、第二の自分は社会適応です。その結果として、無気力・無感動になっているのでしょうか。自分をもっと観察しなければいけません」

と話しました。

その後は、

「自分がなりたいものを少しずつ育てていく」

という方向で話が進みました。

第一の自分を安全に育てられる環境が必要です。

そこで、

「また再入所されたとき、興味があれば続きをやりましょう」

と伝えて終了しました。

プレカウンセラーの感想

プレカウンセリングを担当した人からは、次のような感想がありました。

「私は不満が強く、葛藤することが当たり前なので、最初に問診票を渡されたとき、『葛藤も違和感もぴんと来ない』という20代の方の無気力・無感動の状態が、まったく理解できませんでした。

少なくとも、第一の自分が存在するのは当たり前だと思っていました。

しかし先生のお話を聞いて、新型ストレスがないのではなく、F、すなわち『自分を生きたい自分』そのものが壊されている姿であり、そのために『何かよく分からない』という状態になっていることが分かりました。

そして、それこそが現代自我によく見られる姿だということに驚きました。少し怖いと感じました」

ということでした。

現在は、比較的豊かで、比較的自由な社会です。

そのため、典型的な競争型の状態まで進まず、「自分を生きたい自分」そのものが十分に育たないまま、

「何がしたいのか、よく分からない」

という状態になっている方が多いのではないかと思います。

第一の自分をつかめない方に、新型ストレスを理解してもらうことは非常に難しいことです。

しかし今回のような方法で、少しずつつないでいくのも一つの方法だと思います。

動画を見た後、本人が、

「自分の場合、第一の自分は『?』なのかもしれません」

と言いました。

今すぐ本格的に学ぶということではありません。

しかし、一つの種まきにはなったのではないかと思います。

第一の自分はまだ「?」ではあるけれども、

「何か、自分の中にそういうものがあるのかもしれない」

と少し感じ取ったのではないでしょうか。

典型的な場合には、「乗っ取られたF」が非常にはっきりします。

しかし、それはあくまでも「乗っ取られた自分」です。

そのため、

「本当はそれでは嫌だ」

と感じる部分が、やはり本当の自分として残っています。

この方の場合には、その社会適応型の自分がそれほど強くありません。

そのため、かえって全体がはっきりしないのだと思います。

しかし、

「『?』の自分がいるのかもしれない」

ということが少し分かったのであれば、種まきにはなったのではないかと思います。

この方の状態を整理する

最後に整理します。

まず、不満があります。

不満は第一の自分から生じます。

一方、不安があります。

不安は第二の自分の側にあります。

この二つが常に葛藤しています。

そのため、判断が曖昧になります。

今回の方も、特に対人関係について非常に曖昧な表現が多く見られました。

それは、この葛藤のためだと考えられます。

そして、葛藤を続けるため疲れてきます。

その結果、第三の自分に陥っていきます。

本人は、その第三の自分を「自分そのもの」だと思っているのではないでしょうか。

つまり、新型の葛藤型ストレスの状態になり、疲労、無気力、無感動へ進む自滅のシナリオが形成されつつあると考えられます。

解決は不安の根本解決

では、解決は何でしょうか。

私は、不安の根本解決だと考えています。

その根底にあるのは、Z、すなわち「死の恐怖」です。

この死の恐怖を根本から解決する必要があります。

そのための方法として、「9段階+1」を進めていきます。

それを進めていくと、私たちはYuによって、大きな生命の世界の中で、医学的に素晴らしい法則と美しい調和、そして限りない優しさによって生かされていることが分かってきます。

私たちは、本能から自由になった存在です。

そのため、本能だけでは飲食や身の安全を確保することができません。

そこで社会を営み、その社会の中で自分の存在価値を求めています。

しかし、この世界そのものがYuの世界であり、私たちは「Yuの子」である。

そこへ進んでほしいと思います。

五つの発見

Yuまで進み、自分が「Yuの子」であることが分かってくるということは、「五つの発見」が自分自身のものになるということです。

これはYuの死生観でもあります。

第一に、

生かされているのは医学的事実である。

第二に、

医学的に生かしてくれている、限りなく優しいYuが存在する。

第三に、

死は「私」の終わりではない。

第四に、

何もない「私」が素晴らしい。

そうなれば、非常に自由になります。

そして第五に、

FYuを生きることが、自分の人生の喜びである。

というところへ進んでいくことができます。

何とかこの方にも、

「Yuの子である」

という実感を得て、楽しく、うれしく、喜びがあり、そして優しい人生を歩んでもらえればと思います。

しかし現実には、今回のように非常に難しい方もおられます。

このような方が決して少なくないということを理解しておく必要があります。

そして、

「その人の中では、実際にこのようなことが起こっている」

と理解できれば、決して訳の分からないことが起こっているのではありません。

少しずつでも本人に理解してもらうことができれば、そこから先へ進んでいくことができると思います。

今日は、これで終わります。

 不安の根本を見つめ、本当の自分を生きる

A I 時代の健康医学・生かされてる医学

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