NHKこころの時代 自分の山を登る~21世紀の健康医学をめざして~
瀬戸内海に浮かぶ淡路島。兵庫県津名郡五色町に、五色県民健康村・健康道場があります。
昭和57年に開設されました。公的な施設としては、医学的絶食療法を行う全国でただ一つの専門施設です。
現在のスタッフは、医師1人、看護師6人など、合わせて15人です。
医学的絶食療法、すなわちファースティングは、標準コースで16日間です。この療法を受ける人は施設に泊まり込み、健康づくりに必要な研修も受けます。
昭和57年の開設以来、19年間で約1万9千人がこの施設を利用しています。
これまでは、主として肥満の解消を目的とする人が多かったのですが、ここ数年は、ストレスによって引き起こされるさまざまな症状を改善するために訪れる人が多くなりました。
同道場の笹田慎吾さんは、21世紀の健康医学を目指して努力しています。
そして現在、ストレスを解消するための手法として、
1.医学的絶食療法
2.丹田呼吸法
3.性格分析
4.健康医学の講義――「生かされている医学」を実感すること
の四つを挙げています。
この中でも特にユニークなのが、「生かされている医学」の講義です。
「生かされているから、私たちは自由なのです」
笹田さんの説く内容は、「五つの発見」として、次のように示されます。
第一に、生かされているのは医学的事実である。
第二に、医学的に生かしてくれている、限りなく優しいYuが存在する。
第三に、死は「私」の終わりではない。
第四に、何もない「私」が素晴らしい。
第五に、自分の山を登ることが人生の喜びである。
おそらく、どの医学書にも書かれていない概念が、この健康道場では講義されているのです。
【聞き手】
大変ユニークな医学を築きつつあると言ってよいと思いますが、これはまさに笹田さん独自のものなのでしょうか。
【笹田】
20年間、健康医学一筋に取り組んできました。その処方箋が「自分の山を登る」ということになり、そのための健康医学が「生かされている医学」という名前ですから、ユニークなものになりました。
ただ、これは「心の時代」が求めている健康医学だと思っています。
本当の自分を生き、自分の山を登ると、充実感と健康と個性的な能力が身につきます。
このような「心の時代」の生き方を支え、実現するための健康医学になったと考えています。
【聞き手】
ここに至るまでの、笹田さんご自身がたどってこられた道のりを伺いたいと思います。小さい頃から、将来は医師になると思っていたのでしょうか。
【笹田】
小さい頃から、人間とは何か、生とは何か、死とは何かということをよく考えていました。
人間についての真実を知りたい。それが医学へ進む動機になったのだと思います。
【聞き手】
神戸大学医学部では、どのような医学生だったのでしょうか。
【笹田】
そのような気持ちで医学部に入りましたから、解剖学の実習が始まっても、目の前にあるのは細胞や身体の臓器ばかりでした。
「この人の人格や精神はどこへ行ったのだろう」「命はどこへ消えてしまったのだろう」と、そのようなことばかり考えている日々でした。
一方、顕微鏡で細胞を見ていると、本当に素晴らしい小宇宙だと感じました。
一個の細胞を見てもそうです。脳の細胞、腎臓、肝臓、心臓など、臓器一つひとつが異なり、それぞれ素晴らしい構造をしています。
しかも、最初は一個の受精卵であったものが、次々に増え、そのような身体になっていくという事実を学ぶことができました。
「これは人間を完全に超えている。しかも偶然では絶対にできない」と感じました。
そういうことを学べたのは、とてもよい経験だったと思っています。
【聞き手】
それは医学生の多くが共通して持っている感覚でしょうか。それとも笹田さんは、周囲とは少し違っていたのでしょうか。
【笹田】
ある程度は皆、そのように感じると思います。
しかし、「生命はどこへ行ったのだろう」と考えたり、一方では身体の構造の素晴らしさばかりに感動したりしていましたから、やはり少し変わった学生だったのかもしれません。
【聞き手】
留学もされたのですね。
【笹田】
ドイツにあった分子生物学の研究所へ行きました。
そこでも同じでした。
遺伝子は存在しますが、「精神」は見えません。
しかし一方で、遺伝子の二重らせんのような素晴らしい構造を、実際に分子レベルで学ぶことができました。
これも人間をはるかに超えたものであり、しかも偶然ではできないという実感を、さらに深めることができました。
そういう体験でした。
【聞き手】
ある種の畏敬の念を持ちながら学問に取り組まれていたのですね。
そのまま進めば大学に残り、自ら研究し、後輩を指導する道も当然考えられたと思います。
そこから、こちらへ来られたきっかけは何だったのでしょうか。
【笹田】
留学していたとき、兵庫県が五色町と共同して健康村をつくるということで、「来てほしい」と再三要請を受けました。
しかし、そこへ行けば変わった医者になってしまいます。普通の医師としての将来をすべて捨てることになりますので、ずいぶん悩みました。
ただ、脳卒中や心筋梗塞のような病気は生活習慣病です。
生活習慣を改善すれば、その多くを予防できるのではないか。だから健康医学をしなければならないという思いは、当然ありました。
もう一つ、心の面があります。
亡くなっていく方々を見ていますと、悔いを残して亡くなる方が多いのです。
一生懸命、勢いよく頑張ってきたけれども、「ただ走っただけの人生で終わるのか」、あるいは、人に気を使い続けてきた人が「気を使うだけで人生が終わるのか」と考える。
死ぬ直前になれば、もう時間がありません。
したがって、元気なうちに自分を見つめてもらえるような健康医学をしたいという思いがありました。
もう一つ、これが最も心にこたえたことでした。
大学院を卒業して神戸市内の病院で内科医をしていたとき、担当していた末期がんの患者さんが、あるときぽつりと、
「先生は将来があっていいですね」
とおっしゃったのです。
「これから研究もされるでしょうし、結婚もされるでしょう。将来があっていいですね」と。
当時は、がんの病名を患者さんに知らせるような時代ではありませんでした。
しかし患者さん自身は、自分の先が長くないことに気づいておられました。
一方、こちらは、
「秋になったら食欲が出ますよ」
「春になったら桜が咲くので、一緒に見ましょう」
と言って、ごまかしていたわけです。
そのとき、その言葉を言われて、大きな衝撃を受けました。
本当に申し訳ないと思いました。
「では、自分はこの患者さんに何を言えるのか」と考えると、何も言えませんでした。
自分自身が非常に情けなく感じました。
だから、生と死について何らかの明確なことが言えるようになるまでは、臨床医として患者さんの前に立つことはできないという思いが強くありました。
そのようないろいろな思いから、いわば「変わった医者」になることを決断したのです。
【聞き手】
そのような時期に、たまたまこの施設の話が出てきたのでしょうか。
【笹田】
学生時代からずいぶん人生に迷い、自分自身でいろいろなことを試していました。
その中で、絶食療法も自分で体験していました。
今村先生という方のもとでも、そうした経験をしていました。
そのようなこともあって、何度も「来てくれないか」という要請を受け、最終的に「行きます」と答えて、こちらへ来ました。
【聞き手】
この施設も、もう約20年になるのですね。
【笹田】
そうです。20年になります。
当初は、現在とはかなり様子が違っていました。
建物も20年経ちましたが、中身について言えば、まず絶食療法を「医学」にしなければなりませんでした。
最初の3年間ほどは、絶食療法を医学として確立することに一生懸命取り組みました。
しかし、「21世紀の健康医学をつくる」という目的は、最初からありました。
【聞き手】
「絶食療法を医学にする」とは、具体的にはどういうことなのでしょうか。
【笹田】
絶食中に身体の中で何が起こっているのか、どのような変化が起こるのかを、きちんと把握することです。
そして、どうすれば安全な方法になるのかを明らかにする。
健康医学では、安全であることが何より重要です。
実際に調べていくと、内分泌系のホルモンなどが上昇したり下降したりして、大きく変動します。
その過程でも、生命体の素晴らしさを強く学ぶことができました。
そうした研究を通して、一応、安全なシステムにしていきました。
【聞き手】
当初ここへ来られる方は、肥満を何とかしたいという希望が主だったのでしょうか。
【笹田】
普通の肥満の方もおられましたし、過食や拒食を繰り返す方、さまざまな摂食上の問題を抱える方もおられました。
高血圧や糖尿病など、さまざまな生活習慣病の方もおられました。
また、さまざまな悩みや苦しみを持つ方もおられました。
実にさまざまでした。
【聞き手】
そうした方々に対して行われていたのが、絶食療法と呼吸法でしょうか。
【笹田】
絶食療法に加えて、丹田呼吸法を行っていました。
丹田というのは、おへその少し下あたりです。そこを意識して行う呼吸法です。
心の面でも身体の面でも非常によい結果が出ましたので、最初の3年間ほどは、「これはよい」と喜んでいました。
そのまま順調に進むと思っていました。
ところが、少しずつ状況が変わっていきました。
施設から帰られると、元へ戻ってしまうのです。つまりリバウンドです。
次々にリバウンドされる。何度行ってもリバウンドされる。
何もしなければ、だいたい半年ほどでリバウンドしてしまいました。
しかも、単に元の状態に戻るだけならまだよいのです。
「また駄目だった」
「私はやはり駄目なのだ」
という精神的な後遺症まで出てきます。
そうなると、健康医学はどうしても「リバウンドしない方法」にしなければならないと考えるようになりました。
社会が発展し続けている時代であれば、「まだまだ頑張りましょう」という言葉で進める面もあります。
しかし、豊かになり、発展そのものが難しくなり、閉塞感の強い社会状況になればなるほど、リバウンドしたときの精神的なダメージが強くなります。
この問題を解決することに、その後のほとんどの時間を費やしてきたように思います。
【聞き手】
リバウンドすると、かえって悪くなることもあるということですね。
【笹田】
そうです。
「自分は駄目なのだ」
「何度やっても駄目なのだ」
という自己否定、自己嫌悪に陥ります。
すると、さらに過食や酒、たばこなどに向かい、さまざまな悪循環が広がっていきます。
健康になるために行ったことが、逆に健康の足を引っ張りかねません。
そこを何とかしなければならないことが、最大の課題になりました。
一般的に言えば、「ストレスをどうするのか」ということが、中心的なテーマになったのです。
なぜリバウンドするのかを考えていくと、やはりストレスなのです。
そこで最初に分かったのは、健康医学は「心身医学」でなければならないということでした。
自律神経系、ホルモン系、免疫系と心は、一体になって動いています。
したがって、ストレスが加わると、自律神経、ホルモン、免疫系に直接影響します。
また、ストレスがたまると発散しなければなりません。
その発散方法として、過食、酒、たばこなどに向かいます。
つまりストレスが加わると、心身相関と生活習慣の両方が悪化し、その合計が身体に表現されたものが、症状であり病気であると考えたのです。
【聞き手】
心身相関とは、心の状態と身体の状態が結びついているという意味でしょうか。
【笹田】
具体的に言えば、自律神経、ホルモン、免疫などと心が一体になって動いているということです。
したがって、ストレスは身体に直接影響します。
結局、健康医学とはストレスを扱う医学なのだということが分かってきました。
そこを扱わない限り、リバウンドを繰り返すだけです。
そうすると、こちらの方法も、それに対応できるように変えていかなければなりません。
ストレスへの対応には四つの段階があると考えています。
最も重い状態では薬物療法が必要です。
薬を使うほどではないものの、非常に疲れ切っている人には「癒やし」が必要です。
ある程度元気な人には「ストレスの解消」が必要です。
しかし、この三つだけでは、やはりリバウンドします。
原因を解決していないからです。
健康医学としてリバウンドを避けるためには、第四段階として「ストレスそのものを解決する医学」にしなければなりません。
【聞き手】
それは非常に難しいことですね。
【笹田】
目の前にあるストレスを一つずつ解決しようとしても、ストレスは次々に出てきますから、すべてを解決することはできません。
そこで、発想を転換しました。
同じような出来事が起こっても、笑って許せるときがあります。
一方、ある一言をきっかけに、鬼のように腹が立つときもあります。
その差は何なのか。
考えてみると、充実感があるとき、生きているという実感や感動があるとき、自分の存在を喜べているときには、かなりのことを笑って許せるのです。
そうすると、「ストレスを解決する」とは、充実感を高めることなのだと考えました。
では、なぜ私たちは充実感を失うのでしょうか。
多くの方の話を聞いていくと、本当の自分を生きていない、自分の山を登っていない、人の山を登っている。
そこから生じる虚しさが、結局、充実感を失わせているのではないかと考えるようになりました。
したがって、解決策は「自分の山を登ろう」ということになります。
本当の自分を生き、自分の山を一歩でも二歩でも登ることができれば、それは自分自身の山ですから、充実感が得られます。
その結果、ストレスが減り、心身相関と生活習慣が改善され、健康にもつながります。
さらに、そのような生き方を5年、10年と続けると、その人は個性的になります。
それは、これから日本や世界が求める人材ではないでしょうか。
本当の自分を生き、自分の山を登る。
そして、充実感と健康と個性的な能力を持つ。
これは「心の時代」の生き方です。
健康医学とは、このような生き方を目指し、それを支える医学なのではないか。
そこまで考えるようになったのです。
【聞き手】
「自分の山を登る」という言葉が、今日のお話のまさに中心的なテーマです。
その「自分の山」とは何なのか。これからさらに詳しく伺いたいと思います。
平成7年、阪神・淡路大震災が起こった年の5月から、笹田さんは神戸市内で「生かされている医学勉強会」という、心のサポートを目的とした公開講座を始めました。
毎月1回、定期的に開催し、1年半続けました。
その後も講演活動などを通して、「生かされている医学」という考え方の普及に努めています。
この健康道場は、後ろに海があり、近くになだらかな山があります。
緑が美しく、花が咲き、小鳥が飛び、上空を通る飛行機の音ものどかに聞こえる、非常に平和な場所です。
さて、阪神・淡路大震災を実際に経験され、さまざまな体験をされたことは、笹田さんの「生かされている医学」に何か影響を与えたのでしょうか。
【笹田】
阪神・淡路大震災は、バブル経済が終わった後に起こった大惨事でした。
つまり、「物だけでは幸せになれない」と私たちが知った後に起こったのです。
そのような状況で、再び物だけの復興を目指してしまえば、やがて虚しくなり、エネルギーを失っていくのではないかと考えました。
だから、どうしても「生かされている医学」を知ってほしいと思いました。
一方では、これは普通の医師が話すような内容ではありません。
また「変わった医者だ」と思われるのではないかという思いもありました。
しかし、あれだけの大惨事を目の前にすると、そのような自分の思いは吹き飛んでしまいました。
「生かされている医学を伝えることが自分の役割である。生涯、これ一つをやろう」
そう心が決まったのが、あの大災害でした。
そして、「生かされている医学」という名前自体も、このときにつけた名前なのです。
【聞き手】
そうだったのですか。
【笹田】
阪神・淡路大震災がなければ、「充実感の医学」といった普通の名前になっていたと思います。
そういう意味では、「生かされている医学」は阪神・淡路大震災が生み出したものだと思っています。
【聞き手】
震災に遭われた方、身内を亡くされた方、自分自身も生きるか死ぬかの境をさまよった方が大勢いらっしゃいます。
そうした中では、「生かされている」という言葉が持つ意味や強さは、普段私たちが感じるものとは違うのでしょうね。
【笹田】
あれだけ何もかも失った方々に対して、「頑張ろう」とこちらから言うことは、やはり失礼なのです。
ご本人が言われるのはよいのですが、周囲から簡単に言える言葉ではありません。
では、どうすればよいのか。
何を原点にして、もう一度出発すればよいのか。
そう考えたとき、
「生かされているという事実は失っていないではありませんか」
と思ったのです。
いろいろなものを失った。
しかし、自分にとって最も大切な事実、すなわち「生かされている」という事実は失われていない。
そこから再出発し、「心の時代」の生き方へ向かい、さらに新しい時代をつくるところまで進むことができれば、この災害そのものは100パーセント不幸な災害ではあっても、その中に一筋の光を見いだせるのではないか。
そのような思いで勉強会を行いました。
【聞き手】
その根底には、物を数多く失ったことだけでなく、心の中までぽっかりと虚しくなってしまったという問題もあるのでしょうか。
【笹田】
貧しい時代であれば、ご飯を食べること自体が大きな目的です。
ご飯を食べることができれば、それだけで幸せを感じることができます。
しかし豊かになると、ご飯を食べられることは当たり前になります。
当たり前のものを得るために自分を捨てたり、自分を抑えたりして生きていると、虚しくなります。
さらに、社会が高度成長している時代であれば、まだ前へ進んでいるという感覚があります。
しかし高度成長が終わり、「これ以上、先へ進めないかもしれない」という閉塞感が強まった社会では、物のためだけに生きることは非常に虚しい。
だからこそ、豊かになればなるほど、「自分を生きる」という生き方が必要になるのだと思います。
【聞き手】
その「虚しい」という気持ちは、自分自身でも整理しきれない場合が多いと思います。
健康医学の立場から、多くの人をご覧になっていると、苦しんでいる人たちはいくつかのタイプに分けることができるのでしょうか。
【笹田】
昔の心の問題やストレスの問題は、社会適応に失敗した、人間関係がうまくいかなくなった、といった比較的分かりやすいことが原因になっている場合が多かったと思います。
しかし最近になるほど、「自分を生きられないこと」自体が大きな苦痛になる。
ストレスの中身が、ずいぶん変わってきたように思います。
多くの方を見ていますと、「自分の価値を何によって決めるか」という点で、大きく分かれます。
一つは、社会的な評価によって自分の価値を決める人です。
これは、「人の山を登る人」です。
もう一つは、「自分の価値は自分で決める」という人です。
しかし、それだけでは単に「我を張る」ことにもなります。
非常に強く我を張る人もいれば、自分の殻に閉じこもってしまう消極的なタイプもいます。
さらに、どちらか一方を選べず、むしろ両方が欲しい人もいます。
社会的にも「良い子」でいたい。
しかし、本当の自分も生きたい。
両方が欲しいために物事を決められず、「漂う人」になります。
社会的評価を求め、人の山を一生懸命登る人。
我を張る人。
その両方を求めながら決めることができず、漂う人。
それぞれストレスのあり方は違います。
しかし、それが過食、酒、たばこなどにつながり、生活習慣病になったり、心身相関を悪化させたりするという点では共通しています。
表面に現れる症状や病気は似ていても、その原因はかなり違います。
したがって、解決方法も、「頑張って社会適応しましょう」というだけでは不十分です。
それでは虚しくなり、再びリバウンドします。
リバウンドを繰り返すと、自己イメージが低下し、自信を失い、ますます悪循環に入っていきます。
【聞き手】
何かを求めて健康道場へ来られた方に対して、笹田さんはまず、じっくり話を聞かれるのでしょうか。
【笹田】
ご本人自身に気づいてもらうことが最も大切です。
もちろん話を聞きますが、
「何が原因でしょうか」
「根本の原因になっているものは何でしょうか」
と、さらに深く尋ねていきます。
そして、
「ああ、自分の原因はここにあったのだ」
と気づいてもらうのです。
現代社会における心の問題は漠然としていますから、最初から問題が明確になっていることは少ないと思います。
「何となくおかしい」
「このままでは駄目だ」
という感覚がある。
そして、ついつい過食や酒、たばこなどに向かう。
そこで、
「なぜなのでしょう」
「なぜ食べてしまうのでしょう」
「なぜそのことで、そこまで苦しむのでしょう」
と、さらに尋ねていくプロセスが必要になります。
最初は自分でも何が問題なのか分からなかった人が、
「本来の自分を生きていない」
「自分の山を登っていない」
ということに、少しずつ気づいていきます。
人間には「自分を生きたい」という自分がいます。
豊かになればなるほど、この「自分」は大きく育ってきます。
ところが、小さい頃から「良い子でいましょう」という教育を受け、社会的適応を目指して生きています。
そのため、自分が何に悩んでいるのか、本人にもよく分からないのです。
例えば、社会的に仕事で失敗したという問題であれば、昔は分かりやすかった。
「もう一度、一から頑張ればよい」と言えました。
ところが現在では、本人自身も「社会的に成功すればよい」「人の山でよい」「また頑張る」と言いながら、気持ちがついていかないことがあります。
そのため、非常に疲れてしまう人がいます。
一方では、「自分を生きたい」という思いが非常にはっきりしている人もいます。
しかし、世間の目や、小さい頃から身についた考え方などがたくさんあり、自分を生きることができない。
その度合いは、人によってさまざまです。
【聞き手】
差し支えない範囲で、実際に笹田さんのところへ来られた方について、いくつか例を話していただけますか。
【笹田】
第一の方は、50代後半の男性です。
地方の名士ともいえる方で、代々続いた家業をどんどん広げ、成功されました。
ところがある日、
「先生、もう倒産です。家や屋敷を全部売っても足りないかもしれません。こんなことなら、もう死んでしまいたい」
と言って来られました。
昔の高度成長期であれば、「もう一度頑張りましょう」と言うことで済んだかもしれません。
しかし、今それを言えば、逆に本人を追い込むことになります。
非常に難しい対応になります。
この方は「人の山」を目指して登り続け、そこで挫折したタイプと考えることができます。
第二の方は、阪神・淡路大震災で家を失い、仮設住宅に住んでおられた方です。
惨めな自分を見るのが嫌で、積極的に外へ出て、さまざまな会に参加して活動されていました。
ところが、やがて心も身体も鉛のように重くなり、結局、自律神経失調症になってしまわれました。
この方は「自分の価値は自分で決める」という方でしたが、結局は「我を張っているだけ」の状態になってしまったのです。
外から見ると、
「あの人はしっかりしている」
「めげずに頑張っている」
と高く評価されます。
しかし、ご本人の内面は非常に苦しい状態です。
「良い自分」しか認めないため、常に緊張しているのです。
そして、その緊張がどんどん高まっていきます。
第三の方は、36歳の女性です。
この方は「自分を生きたい」という思いも強い一方で、周囲からの評価も欲しい方でした。
短大を卒業し、一生懸命仕事をされました。
立派な仕事をし、評価も高くなっていきました。
しかし、いつまでも成功し続けられるわけではありません。
次第にうまくいかないことが増え、空回りするようになりました。
最後には郷里へ帰り、
「親のために結婚します」
という気持ちになり、見合いをされました。
しかし、何度見合いをしても、その気持ちになれません。
結局、「漂う人」になってしまいます。
そして過食をしたり、酒を飲んだり、お菓子を食べたりするようになります。
このようなタイプの方です。
第四の方は、25歳の未婚女性です。
この方も自分を生きたいという人で、青年海外協力隊のようなところに入り、一生懸命活動しておられました。
ところが足を骨折し、仕事が続けられなくなりました。
この方のお父さんは、
「絵に描いたような立派な人間になれ」
というタイプの方でした。
本人は、お父さんの評価も欲しい。
しかし、自分自身も生きたい。
ところが、その両方を得られなくなってしまいました。
そして、食べることなどで自分をごまかすようになります。
さらに、そのような自分自身を見ることが嫌になり、無感動になっていく。
現在では、このような方々が非常に多くなっていると感じます。
【聞き手】
お話を伺っていると、決して特別な人たちではなく、私たちの周囲にいる人、あるいは私たち自身の中にも、今のお話のような部分があるように感じます。
【笹田】
そうなのです。
外から見ているだけでは、ほとんど分からないことがあります。
しかし心の中へ一歩入ってみると、本当に苦しい。
まさに、そういう「心の時代」になっていると感じます。
【聞き手】
そうした方と向き合ったとき、まず「何が問題なのでしょう」と一緒に考えていくのでしょうか。
【笹田】
いろいろな話を聞き、
「そうでしょう」
「確かにそうでしょう」
と受け止めます。
ただ、私は基本的に一つのことを尋ね続けます。
「このまま人の山を登り続けたいのですか。それとも、自分の山を登りたいのですか。本音では、どちらでしょうか」
と尋ねるのです。
最初は頭の中がかなり混乱していますから、一生懸命いろいろなことを話されます。
それを、
「なるほど、そうでしょう」
と聞いたうえで、もう一度、
「それでは、どちらにされますか」
と尋ねます。
まだ答えられず、またいろいろ話されます。
それを聞いて、さらにもう一段階、
「本当は、どちらなのでしょうか」
と尋ねます。
そうして最後まで進むと、皆さん、
「やはり、自分の山を登りたい」
とおっしゃいます。
「それは本音ですか」と聞くと、
「本音です」
と答えられます。
そうなれば、ある意味では解決なのです。
なぜなら、地位や名誉、お金、さまざまな社会的評価は、「人の山」を登るためには必要です。
しかし、「自分の山」を登るためには、あっても構わないけれども、なくても困らないものばかりです。
そこで、ふと気づきます。
「何も失っていなかったのだ」
「しかも、本音を生きることができるのだ」
「本音を生きてもよいのだ」
と。
そこが出発点ではないでしょうか。
本当の自分を生きるためには、身一つあればよい。
そして、「生かされている医学」があればよい。
「そうだったのか」と気づくと、ほっとされ、安心され、表情が和らぎ、希望を見いだされます。
私は日常的に、そのような場面を数多く経験しています。
他人の山を登るのではなく、自分の山を登ればよいのです。
【聞き手】
では、笹田さんが長年追求してこられたことについて、さらに詳しく伺いたいと思います。
「生かされている医学」は、笹田さん自身が一つの方法として実践しています。
また、この健康道場のインターネットのホームページには、
「生かされている医学」
「インターネット心療内科」
「本当の自分・インターネットカレッジ」
という三つの内容があります。
「心の時代」の生き方を身につけるための通信教育ともいうべきもので、ホームページ開設以来のアクセス件数は20万件に上っています。
さて、最初に「生かされている医学」には「五つの発見」があると紹介しました。
その五つの発見について、少し詳しく説明していただけますか。
【笹田】
本当の自分を生きるために何が必要かと考えると、「自己肯定」が必要です。
「自分の存在には意味がある」
「自分の存在そのものが素晴らしい」
と思えることです。
その自己肯定をどのように得るのかを考えていくと、「五つの発見」になります。
ただ、その前に、
「あなたは自己肯定できていますか」
と聞いても、何のことかよく分からない人が多いと思います。
現代人のストレス状態は、非常に漠然としているからです。
貧しい時代には激しいストレスがありましたから、ストレスの原因は比較的はっきりしていました。
しかし現代人に、
「ストレスはありますか」
と面と向かって聞いても、
「たいしてありません」
と答える人が多い。
そこで、もう一つ質問します。
「では、毎日ウキウキしていますか」
と。
「ストレスはたいしてありません」
と言っていた人も、
「それならウキウキしていますね」
と聞かれると、
「ウキウキと言われると、ちょっと困ります」
となります。
これが現代人のストレス状態です。
その状態では、十分に自己肯定できていません。
充実感がないため、何かが起こると、それがストレスとなってさまざまな問題が生じます。
自己肯定できているなら、本来はウキウキしているはずです。
では、そのような状態になるには何が必要なのか。
何が原因でそうなれないのか。
そこで「五つの発見」が出てきます。
第一の発見は、
「生かされているのは医学的事実である」
ということです。
これは医学的に考えれば、単純なことです。
私たちは、一個の精子と一個の卵子が結合した受精卵から始まり、それが増え続けて約75兆個の細胞になっています。
75兆個の細胞を、顕微鏡で1秒間に5個ずつ数えたとしても、100年間数え続けることを約5千回繰り返さなければ数え終わりません。
それほど膨大な数の細胞が、一人の人間をつくっています。
しかし、その一個の細胞さえ、自分ではつくっていません。
もっと簡単に言えば、心臓は一日に約10万回動いていますが、その一回さえ自分の意思で動かしているわけではありません。
太陽、酸素、水なども、すべて自分でつくったものではありません。
したがって、「生かされている」ということは、極めて単純な医学的事実なのです。
これは反論しようのない事実です。
しかも、この事実をよく見ると、非常に優しい。
条件がついていないからです。
「感謝した人にだけ太陽が昇る」ということはありません。
もしそうなら、感謝していない人も多いでしょうから、大変なことになります。
「立派な人だから心臓が動く」ということもありません。
心の中まで完全に立派な人など一人もいないでしょう。
それでも心臓は動いています。
つまり、私たちは無条件に生かされている。
非常に優しい世界なのです。
こう言うと、多くの人は、
「そんなことは当たり前ではないか」
と言います。
しかし、それは「命を当たり前」と考えているのです。
命は決して当たり前ではありません。
例えば、一匹の蚊を殺すことは簡単です。
しかし、その殺した蚊一匹をもう一度生き返らせるためには、全世界の医師と全世界の富を投入しても不可能です。
それほどの命を、私たちは無条件に与えられている。
これこそが「私」の原点であり、「私」の価値ではないでしょうか。
「私」という存在が肯定されている事実ではないでしょうか。
これが第一の発見です。
第二の発見は、
「医学的に生かしてくれている、限りなく優しいYuが存在する」
ということです。
これは、「生かされている」という事実が偶然なのか、必然なのかという問題です。
生かされているという事実を知り、
「自分は素晴らしい存在なのだ」
と思ったとしても、それが単なる偶然の結果であれば、十分には喜べません。
単なる偶然の産物ということになるからです。
したがって、この問題を考える必要があります。
例えば椅子、テーブル、テレビ、洗濯機など、私たちの身の回りを見ても、偶然にできるものは一つもありません。
甲子園球場にプラスチックくず、ゴムくず、鉄くずを山のように積んでおいたら、ある日突然、自動車になって走り出したとか、ロケットになって月へ飛んでいったということはありません。
まして人間の場合、46億年という地球の歴史の中で、原子が組み合わさり、細胞となり、精子と卵子となり、受精卵となり、そして75兆個もの細胞からなる人間になっています。
これを偶然だけでつくると考えるなら、天文学的な数の偶然が、秩序正しく、調和を保ちながら重ならなければなりません。
私は、これは偶然ではなく必然であると考えています。
そうすると、私たちは必然として生かされていることになります。
したがって、生かしてくれている存在がある。
私は、その存在を「Yu」と呼んでいます。
名前がなければ、毎回説明するのが難しいため、そのように名づけました。
限りなく優しいYuによって、私は必然として生かされている。
そう考えるのと、「私は偶然の産物だ」と考えるのとでは、受け止め方が大きく違います。
私は肯定されている。
私の存在には価値がある。
私は喜ばれている存在である。
その意味で、生きていることそのものに価値がある。
これが第二の発見です。
第三の発見は、
「死は『私』の終わりではない」
ということです。
必然として生かされているとしても、「死んだらすべて終わり」であれば虚しくなります。
私たちは多くの場合、「死んだらおしまい」と信じています。
しかし、それでは十分に喜ぶことができません。
したがって、死についても、きちんと考える必要があります。
「死んだらおしまい」であることを証明した大学も研究所もありませんし、それを証明した論文もありません。
証明されているのではなく、私たちがそう信じているだけなのです。
「死んだらおしまい」という考え方は、「私」が身体、つまり細胞から発生したということを前提としています。
だから身体が死に、細胞が死ねば、「私」も消滅すると考えるのです。
しかし科学は、長さ、速さ、重さなど、測定できるものを対象にします。
細胞は対象にできます。
しかし「私自身」「精神」「心」には長さも重さも速さもありません。
測定できるものから、測定できない「私」が発生するのかどうかという問題は、そのような意味では科学が直接測定できる対象ではありません。
では事実はどうでしょうか。
精子の中にも、卵子の中にも、受精卵の中にも、「私」は見つかりません。
仮に細胞の中に「私」があるのであれば、細胞が増えて75兆個になったとき、「私」も75兆個に分断されることになります。
しかし現実には、そうではありません。
手を失ったからといって、「私」の12分の1が消えるわけではありません。
足を失ったからといって、「私」の6分の1が消えるわけでもありません。
「それでは脳細胞だけに『私』が移ったのだろう」と考える人もいるでしょう。
しかし脳も約150億個もの細胞からできています。
そうであれば、「私」は150億個に分断されることになります。
それもおかしい。
神経細胞は電線のようなもので、そこを電気が走り、電磁波のようなものとして「私」が発生するのではないかと考える人もいるでしょう。
しかし、それでは電気活動の「結果としての私」になります。
「私」は、考える主体であり、行動する主体です。
単なる結果として存在するものとは違います。
したがって私は、細胞の中からも、細胞そのものによっても、「私」は発生していないと考えます。
身体は「私」がもらったものです。
もらった身体が消滅したとしても、「私」まで消滅するとは限りません。
だから、虚無にならなくてもよい。
喜んでよい。
これが第三の発見です。
第四の発見は、
「何もない『私』が素晴らしい」
ということです。
これは、世間的に何も持っていなくても大丈夫だということです。
大きな生命の世界の中で、限りなく優しいYuによって必然として生かされている。
そして、死も「私」の終わりではない。
そう考えれば、「私」は非常に大切な存在です。
喜ばれている存在です。
百点満点で、かけがえのない存在なのです。
したがって、世間的に失敗しても、何かができなくても、歳をとって身体が衰えてきても、「私」の価値そのものには関係ありません。
社会の中で生きていく以上、社会的に失敗すれば衣食住が多少貧しくなることはあるでしょう。
しかし、それによって「私」の価値が減るわけではありません。
また頑張ればよいのです。
だから、「何もない私が素晴らしい」のです。
そして最後、第五の発見は、
「自分の山を登るのが人生の喜びである」
ということです。
「自分の山」と言うと、何か特定の山が目の前にあるように想像する人が多いのですが、最初から頭の中でイメージできる山は、多くの場合「人の山」です。
自分の山を登るためには、まず私たちを縛っているものから自由にならなければなりません。
私はそれを「七つの束縛」と呼んでいます。
世間体、人間関係、性格、過去の自分、病気、孤独、そして老いと死です。
簡単に言えば、社会的な価値や肉体的な衰えなどによって、私たちは縛られています。
しかし、これまで述べたように「素晴らしい私」が発見されれば、こうした束縛から自由になります。
そうすれば、自分自身を生きていけばよい。
自分という存在を喜びながら、自分自身を生きていく。
その姿を外から見れば、「自分の山を登っている」ということになるのだと思います。
この五つの発見によって、自分の存在を喜ぶことができる。
するとストレスが少なくなり、身体の健康にもつながります。
そして個性的にもなります。
私は、このような生き方をしてみませんか、と提案しているのです。
【聞き手】
今、笹田さんは医学的に、しかも論理的に説明してくださいました。
しかし初めて聞く人の中には、「これは宗教ではないのか」と感じる人もいると思います。
宗教とは、どこが違うのでしょうか。
【笹田】
宗教では、神様や仏様が存在するということは、基本的には教祖などの言葉によっています。
私たちは、その言葉を信じます。それが信仰ということになるのだと思います。
「生かされている医学」の場合、Yuについて考える出発点は医学的事実です。
脈を取れば誰にでも分かるという、単純明快な医学的事実から考えていきます。
そこが最も大きな違いだと思っています。
【聞き手】
ただ、「死は私の終わりではない」となると、「では死んだ後はどうなるのか」という部分については、証明できないということになるのでしょうか。
【笹田】
もし「私」が身体から発生したものではないと考えるなら、過去にも「私」は存在していたことになるでしょうし、未来もあることになります。
しかし、記憶は脳細胞に蓄えられています。
死とともに脳細胞が失われれば、記憶も失われます。
したがって、その意味では、死後がどうなるかは分かりません。
ただ、私たちが今生かされている世界は、限りなく優しい世界です。
だから、その先についても任せておいて大丈夫ではないかと思っています。
【聞き手】
先ほどお話しいただいた4人の方のように、具体的な悩みを抱えている人に「自分の山を登るのだ」ということを理解してもらう。
そのとき、今説明していただいた「生かされている医学」が非常に役に立つということでしょうか。
【笹田】
話をして、
「そうですね」
というところまで進んだときには、皆さん非常に喜ばれ、希望を見いだされます。
「自分の山を登っていけばよいのですね」
となります。
ところが、一人になると、また元へ戻ってしまいます。
ですから健康医学には、継続的に学んでもらい、継続的に支えるシステムがどうしても必要です。
それをインターネットを活用した通信教育のような形で行っています。
【聞き手】
インターネットを通して、一度ここに来て、その後、社会へ戻っていった方とも、笹田さんとのやり取りが続いているのですね。
【笹田】
専用のホームページで、毎週のように講義を書いていきます。
それに対して質問をいただき、その質問にまた答えます。
そうしたやり取りを日常的に続けることで、つながりを保ちます。
もちろん神戸や東京で研修会を行い、直接お話しすることもあります。
電話による個人指導も行います。
そうしたものを総合的なシステムとして組み合わせ、とにかく継続的に支えていきます。
そのように続けていますと、
「変わってこられた」
「本当に出発し、一歩一歩進んでこられた」
という実感を、最近は得ることができるようになりました。
【聞き手】
ストレスすら自覚していないような現代的なストレスの中にいて、ウキウキすることもできない人が、笹田さんと出会い、いろいろ考えたり試みたりしながら、自分の山を登れるようになるまでには、個人差があると思いますが、どのくらいの時間がかかるのでしょうか。
【笹田】
一応、3年くらいと考えています。
もちろん個人によってまったく違いますが、およそ3年くらいでしょうか。
なぜなら、「物の時代」の生き方、すなわち「人の山を登る生き方」から、「自分を生き、自分の山を登る生き方」へ変えることは、言ってみれば「生き方の構造改革」だからです。
それだけの時間がかかるのは当然だと思います。
しかし、たとえ3年かかったとしても、その後、本当の自分を生きていくことができる。
これは本当に幸せなことであり、価値のある時間だと思います。
【聞き手】
3年というと長く感じますが、3年でそこまで行けるのであれば、確かに大きな価値があります。
【笹田】
ぜひそこまで行ってほしいという願いも込めて、「3年」と考えています。
【聞き手】
笹田さんご自身は、現在行っていることについて、今後もっとこうしたい、あるいは、これをしなければならないという課題をお持ちでしょうか。
【笹田】
まず、「おぎゃあ」と生まれた赤ちゃんから中学生くらいまでの人たちの教育について考えています。
人間にとって、この年齢層の教育はものすごく重要だと思います。
教育の根本にあるのは、
「人間の価値を何で決めるのか」
という問題です。
つまり、自分を肯定できるかどうかです。
私は、「生かされているという医学的事実こそが人間の価値なのだ」と伝えたい。
無条件に自分が喜ばれている。
社会的には、さまざまなことがうまくいかないこともあるでしょう。
しかし、大きな生命の世界では、あなたは非常に大切な存在なのだ。
「あなたは本当に素晴らしいのだ」
ということを、小さい人たちにぜひ知ってほしいのです。
小さいときに自己肯定できるかどうか、自分の存在を喜べるかどうかは、非常に重要です。
しかし現在は、なかなかそれができません。
多くの場合、「条件付きの愛」「条件付きの評価」になっています。
そのために苦しんでいる人が多いと思います。
まず、このことを知ってほしいと思います。
次に、高校生くらいから成人の方については、ぜひ「心の時代」の生き方へ出発してほしい。
「物の時代」の生き方が行き詰まってきたわけですから、逆に言えば、新しい生き方へ出発してもよいのです。
本当の自分を生きる。
そして、充実感と健康と個性的な能力を持つ。
そういう生き方ができるわけです。
ぜひ「生かされている医学」を学び、新しい生き方へ出発してほしいと思います。
最後に、かなり高齢の方や、死に直面している方についてです。
「死は終わりではない」ということを知ってほしい。
最後の日まで生ききることが大切です。
「死んだらおしまい」と信じてしまえば虚無になります。
何をしても虚しいということになり、心身相関も悪化し、身体の状態にも悪い影響を与えます。
だから、
「死は終わりではない。最後の日まで生ききりましょう」
という考え方が広まれば、「心の時代」が実現するのではないかと思います。
さらに、世界中の人々が、
「人間の価値は、生かされているという医学的事実によって決まる」
ということを理解するようになれば、皮膚の色は関係ありません。
国も、民族も、文化も、宗教も関係ありません。
すべての人が素晴らしい存在です。
そうなれば、平和を実現することもできるのではないでしょうか。
私は、21世紀がぜひ、そのような意味で平和を実現する時代になってほしいと、心から願っています。
【聞き手】
ありがとうございました。